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京都地方裁判所 昭和41年(行ウ)15号 判決 1974年3月22日

原告 橋本茂

被告 下京税務署長

訴訟代理人 溜池英夫 外九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が原告に対してなした昭和四〇年七月一二日付の昭和三八年度分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち別表の原告主張額記載の各金額を超える部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、昭和四〇年七月一二日付で別表原処分の額欄記載のとおり昭和三八年度分の所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分をなした。原告は右処分が事実を誤認し法律の適用を誤つていることを理由に同年八月一二日異議の申立をしたが、同年一〇月二六日これを棄却する旨の決定がなされ、さらに大阪国税局長に対し同年二月一七日審査請求をしたが、昭和四一年八月二四日棄却する旨の裁決がなされた。

2  しかし、原告の昭和三八年度分の所得は、別表原告の主張額欄記載のとおりであつて、被告のなした前記処分は誤つているから、右処分のうち原告の主張額を超過する部分の取消を求める。

二  請求原因に対する答弁

第一項は認め、第二項は争う。

三  抗弁

1  原告は京都市南区西九条戒光寺町九番地において金物商を営んでいたが、訴外日本国有鉄道(以下国鉄という)が東海道新幹線用地買収のため原告に立退きを求め、原告は昭和三八年二月一九日右申出を承諾するとともに同年七月二二日および同年九月一六日の二度にわたり訴外国鉄から次のとおり総額九、三八六、三〇〇円の補償金を受領した。

転居補償金 三、一五七、四〇〇円

営業補償金 五、八二〇、〇〇〇円

借家権補償金  四〇八、九〇〇円

総額    九、三八六、三〇〇円

2  右国鉄の補償金の支出は、公共用地の取得に伴う損失の補償を一層円滑かつ適正に行なうために昭和三七年六月一九日閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下単に要綱という。)に則りなされた。本件の場合、原告は立退のため営業を一時休止し、店舗を近距離の地(京都市南区西九条針小路一〇九)に移転しているので、右補償金のうちの営業補償金五八二万円は、右要綱第三二条(営業休止等の補償)に該当するとして、(1) 休業補償金四四八、〇〇〇円、(2) 得意先喪失補償金五、三七二、〇〇〇円の合計として支払われたのである。

(1) の休業補償は店舗の移転に伴う休業期間中の所得減及び営業用固定的経費の補償をなすものであり、(2) の得意先喪失補償は、休業又は店舗の位置変更により一時的に生ずる得意先喪失による損害の補償であるところ、昭和三八年度に於ける原告の一ケ月当りの純利益金四四八、九六七円を基準として、休業補償はその一ケ月分の金四四八、〇〇〇円を、得意先喪失補償はその約一二ケ月分の金五、三七二、〇〇〇円と定められたものである。

3  補償金のうち、事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補てんに充てるものとして交付を受けるもの(収益補償金)については当該補償金の交付の基因となつた事業の態様に応じて、不動産所得の金額、事業所得の金額または雑所得の金額の計算上総収入金額に算入することになる。本件営業補償金は前項記載のとおり収益補償金にあたるから、これを事業所得の収入金額に算入し、その金額から必要経費七五一、七四一円を差引いた金額五、〇六八、二五九円が補償金にかかる事業所得の金額となる。その計算根拠は次のとおりである。

(一) 収入金額 五、八二〇、〇〇〇円

(二) 必要経費 (1) +(2) +(3) +(4)  七五一、七四一円

(1)  店舗設備滅失損 (イ)-(ロ) 三二六、四三一円

(イ) 取得価格(昭和三五年一〇月取得) 四四七、一六五円

(ロ) 滅失時までの償却費累計額 一二〇、七三四円

(447,165-447,165×0.1)×0.1×3 = 120,734

取得価額 残存価額 償却率 経過期間

(耐用年数10年)

(2)  什器備品滅失損(イ)-(ロ) 二一四、一一〇円

(イ) 取得価格(昭和三五年一〇月取得) 二九三、三〇〇円

(ロ) 滅失時までの償却費累計額 七九、一九〇円

(293,300-293,300×0.1)×0.1×3 = 79,190

取得価額 残存価額 償却率 経過期間

(耐用年数10年)

(3)  移転雑費 一四七、七〇〇円

(4)  広告費その他 六三、五〇〇円

(三) 営業補償金による事業所得(一)-(二) 五、〇六八、二五九円

4  原告の昭和三八年度の本来の事業所得の金額は二九一、〇〇〇円である。

5  従つて、原告の昭和三八年度の事業所得金額は五、三五九、二五九となるから、右金額の範囲内で総所得金額を五、三二九、二五九円とした原処分は適法である。(なお原処分が五、三二九、二五九円としたのは右のとおり五、三五九、二五九円とすべきところ計算の誤りによるものである)

四  抗弁に対する認否および原告の主張

(認否)

1 第1および第4項は認める。

2 第2、第3および第5項は否認する。

(原告の主張)

被告は営業補償金五、八二〇、〇〇〇円を事業所得の収入としているが、これは訴外国鉄が補償金額に附した名義に捉われて補償金の実質を看過するものであり「補償金の額は名義がいずれであるかを問わず資産の収用等の価たる金額をいう」とする租税特別措置法第三一条四項の規定に違反する違法の更正処分である。

事業を営むものが収用等の場合に営業権に対する補償を要求するのは当然であり、国鉄が交付した補償金の名義のうちには営業権補償というものはないけれども営業補償名義のうちに営業権に対する補償が含まれていることは明らかである。

買収時における国税庁の営業権の取扱は昭和三五年直所一-一一、三九但書3「売上高などの収益を基準として算定された、いわゆる営業補償名義による補償金を受取る場合において、その営業権が永年にわたりその場所で営業を行ない確定された得意先を有していたことなどその場所で営業を行うことにつき特別の利益を有していたため通常の場合に比して多額の補償金が支払われたと認められるとき、その営業補償名義による補償金のうち通常の場合に比して多額と認められる部分の金額を営業権の対価として、その営業権の譲渡所得の総収入金額とする」によつていた。この公開通達は買収交渉当時国鉄から示されたものであり、原告もこの通達による取扱を信じて交渉に応じたのである。原告は七年の長きに亘り、同一の場所で同一の営業を行ない、確定された得意先を有していたことなど、その場所において営業を行なうことにつき特別の利益を有していたため通常の場合に比し多額の営業補償名義の補償金が支払われたものであり、右通達に定める条件に合致する。

しかるに被告は営業補償という国鉄が附した名義に捉われて、営業補償即収益補償と速断し、収益補償の額を五、〇二九、二五九円と計算している。(事業所得の更正額五、三二九、二五九円から補償金以外の事業所得の見積額三〇〇、〇〇〇円を差引いたもの)しかし収益補償である以上特殊事情を加味して多く見積つても五年分を限度とすべく、昭和三八年度の原告の本来の事業所得は金三〇万円であるから、五年とすれば金一五〇万円が収益補償費としてふさわしい額であり、これの通常の金利による複利年金現価の額は金九七二、〇〇〇円となる。従つて被告の算出した収益補償額五、〇二九、二五九円から、右の金九七二、〇〇〇円を控除した残額四、〇五七、二五九円は、収益補償以外の金額であり、その内容は営業権の譲渡対価である。営業権の譲渡対価は譲渡所得の総収入金額に算入され、課税譲渡所得の額は次のとおり金一、九五三、六二九円となる。

(4,057,259円-150,000円)÷2 = 1,953,629円

以上によれば昭和三八年分の所得金額は次のとおり金三、二二五、六二九円となる。

事業所得  一、二七二、〇〇〇円

内訳 収益補償 九七二、〇〇〇円

右以外のもの  三〇〇、〇〇〇円

譲渡所得  一、九五三、六二九円

総計    三、二二五、六二九円

五  原告の主張に対する被告の反論

原告は本件営業補償金のうちには営業権に対する補償が含まれており、昭和三五年二月二日付直所一-一一国税庁長官通達三九、3に定めるところによれば、右営業権に対する補償金部分は譲渡所得の収入金額であると主張している。しかし右通達は昭和三九年一月二一日直審(所)三国税庁長官通達により一部改正され、その際右の三九、3の条項は削除された。従つて、右条項は本件収用補償金には適用されないものである。

また、仮に前記通達が適用されるとしても、以下に述べるとおり本件収用補償金はもともと右条項に該当するものではない。即ち、同通達は「収用にともない、漁業、農耕、販売その他の事業の遂行が一時制限され、または事業の全部もしくは一部を休止することとなるため、その制限または休止により減少することとなる収益の補償として受ける補償金は、事業所得の総収入金額に算入すること。」と定め、これらの場合の補償金は当然事業所得の収入金額とされることを明らかにするとともに、収用にともなつて事業の全部または一部を転換しまたは廃止することとなるために受けるいわゆる離作補償、漁業補償、営業補償その他収益を基準として受ける補償金についても、また同様とすること」としているが、ただこの転廃業の場合には権利の消滅又は価値の減少に対する対価が含まれていることがあるので、但書1ないし4により権利の対価と認められる部分については譲渡所得の収入金額として取扱うべきことを定めたものである。

本件の場合、原告は営業を一時休止し、店舗を近距離の地に移転したのみで、営業の一部または全部を転換または廃止した事実はないから、右通達但書の適用はないといわねばならず、原告が右但書の適用を主張するのは失当である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  よつて、本件処分の適否について考察する。

原告は京都市南区西九条戒光寺町九番地において金物商を営んでいたが、国鉄が東海道新幹線用地買収のため原告に立退きを求め、原告は昭和三八年二月一九日右申出を承諾するとともに、同年七月二二日および同年九月一六日の二度にわたり国鉄から次のとおり総額九、三八六、三〇〇円の補償金を受領したことは当事者間に争いがない。

転居補償金 三、一五七、四〇〇円

営業補償費 五、八二〇、〇〇〇円

借家権補償金  四〇八、〇〇〇円

総額    九、三八六、三〇〇円

原告は、店舗を近距離の南区西九条針小路一〇九に移転し、そのため一時休業した旨の被告の主張を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

三  <証拠省略>によれば、以下の事実が認められる。

1  前記の国鉄の補償金の支出は、公共用地の取得に伴う損失の補償を一層円滑かつ適正に行なうために昭和三七年六月一九日閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に従つてなされたこと。

2  前記のとおり原告が立退きのため営業を一時休止し、店舗を近距離の地に移転しているので、国鉄は右基準要綱第三二条(営業休止等の補償)に該当するものとして、移転に伴い通常営業を一時休止する必要があると認められる場合に通常休業を必要とする期間中の所得減および営業用固定経費を補償する休業補償金と、休業することまたは店舗等の位置を変更することにより一時的に得意を喪失することによつて通常生ずる損失額を補償する得意先喪失補償金とを支払うことにしたこと。

3  訴外国鉄は、右両補償金の額を決定するため、訴外高田および同中沢の両税理士を原告方に赴かせ、原告に面接し同人の保管する資料を提出してもらうなどして原告の営業実態を調査し、昭和三八年度における原告の一ヶ月当りの純利益は金四四八、九六七円であると認め、休業補償金としてはその一ヶ月分の金四四八、〇〇〇円を、得意先喪失補償金としてはその一二ヶ月分の金五、三七、二〇〇〇円を相当とすると査定したこと。

四  補償金のうち事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補てんに充てるものとして交付を受けるもの(収益補償金)については、当該補償金の交付の基因となつた事業の態様に応じて、不動産所得の金額、事業所得の金額または雑所得の金額の計算上総収入金額に算入することになるのであるが、本件営業補償金は、右に認定したところから、収益補償金であることは明らかであるから、これを原告の事業所得の総収入金額に算入すべきである。

なお原告は、本件営業補償金のうちには営業権の補償も含まれており、昭和三五年二月二日付直所一-一一国税庁長官通達三九、但書3に該当するから、右営業権に対する補償の部分は譲渡所得の収入金額として取扱うべきであると主張している。しかし<証拠省略>によれば、右通達の三九は次のとおり定めている。

(収用の場合の休業補償、営業補償、農業補償、漁業補償の取扱)

三九 収用にともない、漁獲、農耕、販売その他の事業の遂行が一時制限されまたは事業の全部もしくは一部を一時休止することとなるため、その制限または休止により減少することとなる収益の補償として受ける補償金は、事業所得の総収入金額に算入すること。

前項の補償金のほか、収用にともなつて事業の全部または一部を転換しまたは廃止することとなるために受けるいわゆる離作補償、漁業補償、営業補償その他収益を基準として受ける補償金についても、また同様とすること。ただし収用の場合における特殊な事情にかえりみ、次に該当するものについては次によること。

1~4略

右によれば、原告が適用を主張している但書3は、事業の全部または一部を転換しまたは廃止することになるために補償を受ける場合には、それが収益を基準として算定されるものであつても、実際には補償金中に権利の消滅又は価値の減少に対する対価が含まれていることがあるので、右の権利の対価と認められる部分については譲渡所得の収入金額として取扱うことにしたものと解されるのである。しかるに前記のとおり、原告は営業を一時休止し、店舗を近距離の地に移転したのみで営業の一部または全部を転換または廃止した事実はないから、右通達但書の適用はないものといわなければならず、右適用を主張する原告の主張は採用できない。

五  そこで次に右補償金を取得するために要した費用について判断する。

<証拠省略>によれば、原告は、本件補償金取得の原因である店舗移転のため以下の費用を要したことが認められる。

1  (店舗設備滅失損)

原告は 昭和三五年一〇月に金四四七、一六五円を支出して移,転前の店舗にシヤツター等の設備を施したが、本件移転に伴い右設備が滅失したので、これにより滅失までの減価償却費累計額金一二〇、七三四円(算式は抗弁第3項(二)(1) (ロ)記載のとおり)を差し引いた金三二六、四三一円の損失を蒙つたこと。

2  (什器備品滅失損)

本件移転により、原告が昭和三五年一〇月に金二九三、三〇〇円で取得した什器備品が滅失したので、これにより原告は、滅失までの減価償却費累計額金七九、一九〇円(算式は抗弁第3項(二)(2) (ロ)記載のとおり)を差し引いた金二一四、一一〇円の損失を蒙つたこと。

3  (移転雑費)

原告は、本件移転に伴い、新店舗の開店経費、通知等のため金一四七、七〇〇円を支出したこと。

4  (広告費その他)

原告は新店舗の広告等のため金六三、五〇〇円を支出したこと。

ところで<証拠省略>によると、原告は本件係争年分の所得税の修正申告に際し、必要経費として右認定の外に、(1) 店舗設備滅失損として店舗改造、電気工事等金二二四、一七〇円、(2) 移転雑費として仮住居、仮店舗金三一二、五六〇円、を申告している。

しかし<証拠省略>によれば、原告は、前記修正申告の際、前記認定のシヤツター等の設備費金四四七、一六五円については、領収書等の証拠書類を提出したが、右(1) の店舗改造費については、原処分庁担当者がその提出を求めたのに何も提出せず、また(2) の仮住居、仮店舗費についても、何らの証拠資料を提出せず、仮住居等の設置場所について糺した担当者の質間に答えることもしなかつたこと、仮に原告が右の仮住居等を設置していたのであれば、原告はそのために要した費用を層鉄に対し補償金として当然請求し、国鉄からその支払がなされているはずであるのに、そのような事実の存しないことが認められる。

右認定の各事実に、原告が本訴において、前記修正申告にかかる(1) 、(2) の各費用につき何らの主張、立証をしていないことを合わせ考えると、右はいずれも架空のものと断ぜざるを得ない。

なお、原告は修正申告において、前記認定の店舗設備滅失損および什器備品滅失損につき、いずれもその取得価額をそのまま損失としているが、滅失までに償却された額を損失とすることはできないのであつて、結局損失額は前記認定のとおりとなる。

従つて、前記補償金を得るための必要経費は、以上の合計額金七五一、七四一円となるから、補償金にかかる事業所得の金額は、これを差し引いた金五、〇六八、二五九円となる。

六  本件係争年分の原告の本来の事業所得の金額が金二九一、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

七  以上によれば、原告の本件係争年分の事業所得金額は金五、三五九、二五九円となるから、右金額の範囲内で原告の総所得金額を金五、三二九、二五九円とした原処分は適法である。

八  よつて、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄 鈴木之夫 房村精一)

別表

原処分の額      原告主張額

総所得金額  五、三二九、二五九円 三、二二五、六二九円

所得控除額    二六三、九九〇円   二六三、九九〇円

課税所得金額 五、〇六五、二〇〇円 二、九六一、六三九円

確定納税額  一、七二七、三四〇円   八三二、六五五円

過少申告加算税額  一二、一〇〇円         〇円

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